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愛を与えることの幸福
愛を与えることの幸福


夫婦の約束(P51~)
家庭の個性と子どもの教育(P66~)
職業と霊格の関係(P99~)
魅力ある自分づくり(P141~)
健康の秘訣(P165~)
自由にともなう責任(P186~)

あなたも、愛を与えて幸せになってください。(*^_^*)


続きのお話も読んでね!

ある日、神様が3人の人に、それぞれの人に10人の病人を看病する
仕事をお言いつけになりました。

ひとりの人は、「ああ、くたびれた。苦労した。神様からの言いつけだからしかたなくやっているが、なんだか、自分のエネルギーと時間を損したような気がする。」そう思いました。この心境は下段階にあたります。

2番目の人は、一生懸命に看病して、「神様は、どれだけ私を評価してくれるだろうか。10人の方々はどれほど私に感謝してくれるだろうか。」その感謝とごほうびと賞賛を期待して嬉々として待っていました。この心境は中ぐらいでしょう。

3番目の人は、傷ついた人を看病して、治療して、一生懸命にやって、そしてその後はあっさりとしています。
思うことといったら、「この後、みんながほんとうに元気になってくれればいい。どれほど回復してくれるか」そんなことばかりが気になります。
でも、彼らに感謝されたいとか、神様に評価してほしいとか、そういうことはまったく心の中に浮かんできません。
なぜなら、この人にとって人を助けるということは、ごく当たり前のことだからです。

ご飯を食べたり、息を吸ったりするのに、上手にご飯を食べたのを評価されたいとか、上手に呼吸したのを見えもらいたいとか、こういうことを思う人はあまりいませんね。
この3番目の人にとって、人を助けるというのは、ご飯を食べたり、呼吸をしたりするようなことと同じくらいごく自然な行動だったのです。
(P87~)
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【 2006/10/15 08:39 】

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